【ネタバレあり】村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の感想を紹介!

中山家の本棚 『世界の終りと ハードボイルド・ ワンダーランド』アイキャッチ

 日本にとどまらず、世界の文学界でも一定の地位を揺るぎないものにしている村上春樹。

 初期の青春小説「鼠三部作」を見事に完結させた村上春樹が次に描いたのは「意識」の世界

 表層意識と深層意識という2つの世界を作り上げ、そこで主人公が翻弄されながらも、自らを見つめ直し、新たな人生を歩んでいく物語を描き出しました。

 この記事では、その意識のあり方を問うたファンタジー長編、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のあらすじと感想をご紹介します。

目次

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の情報

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
  • タイトル:『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
  • 著者:村上春樹
  • 出版社:新潮社(新潮文庫)
  • ジャンル:小説
  • 読了日:2023年6月27日(再読)

あらすじ

 主人公である「私」はある日、老博士によって意識の中に新たな思考回路を組み込まれてしまいます。

 「私」はその回路の秘密をめぐって、冒険に巻き込まれることに。

 また、主人公である「僕」が暮らすのは壁に囲まれ、外界との交流が一切ない静かな街。

 その街に住む一角獣の骨に閉じ込められた古い夢を読む者として生きています。

 「私」の生きる「ハードボイルド・ワンダーランド」と「僕」の暮らす「世界の終り」という2つの世界が交互に語られるファンタジー小説。

感想

 この物語は、「私」が生きる「ハードボイルド・ワンダーランド」と「僕」が暮らす「世界の終り」が交互に語られています。

 その通りに読んでも楽しめますが、「ハードボイルド・ワンダーランド」の章を読んでから「世界の終り」の章を読むことで、他者に翻弄され続けた主人公が自分の内面と向き合い、自己を取り戻していくという物語を読み取ることができるのです。

 「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界では、主人公である「私」は情報戦争に巻き込まれ、脳に新たな思考回路を埋め込まれてしまいます。

 その回路の秘密をめぐって散々な目に遭い、最後には今暮らしている日常での意識が失われ、深層意識の世界に閉じ込められてしまう結末を辿ります。

 意識を失う直前、それまで受け身ともいえるスタンスを取り続けた「私」は自分の意志で人生を理不尽に曲げた博士を許し、これまでの人生を受容し、永遠に「世界の終り」というタイトルの世界で生きていく選択をします

 一方「世界の終り」は、心の底にある深層意識の世界

 その街に住む者は影を切り離され、その影が死ぬと心が失われ、完全に街の一部になります。

 街は不安や苦しみがない代わりに喜びや感動もない世界。

 街で生まれ、街に住み、冬になると死んでしまう一角獣。

 街において、一角獣は人々の心の欠片を吸収し、街の外へと運び出す役割を持っています。

 冬に一角獣が死ぬのは、寒さが原因ではなく、吸収した人々の自我の重みに耐えられないから。

 一角獣に蓄積した人々の心の欠片は古い夢として「夢読み」に読まれて消えてゆきます。

 それらは本当に正しいことなのか、影は「僕」に問いかけます。

 葛藤の末、「僕」は、「僕」が街であり、街が「僕」だと気づきます。

 その時、「僕」は街で自分の「夢読み」をサポートしてくれている女の子の心の欠片を見つけたのです。

 「僕」は彼女に心を取り戻させ、いつか彼女が自分の力でその心を完全なものにしていけると確信します。

 最終的に「僕」は影と一緒に街から逃げるのではなく、影を街から逃がす決心をします

 「僕」は心を持ち続け、彼女には心を取り戻させる、つまり街と対立していく決心をするのです。

 「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界で、老博士は、「世界の終り」は「私」自身が作り出した世界であるといいます。

 その世界の中で失ったものを取り戻すことができるだろう、とも。

 「私」つまり主人公は何を失い、何を取り戻したのでしょうか?

 それは心と自我だったのです。

 街を抜け出した影はどうなったのでしょう。

 晴海埠頭で眠りについた「私」のところへ戻ったのかもしれません。

 そして「私」は目を覚まし、新しく始まる人生を主体的に歩むのでしょう。

 そうであってほしいと思います。

 私が最初に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだのは高校1年生の時でした。

 その時、「世界の終り」での影と「僕」の別れのシーンに涙したのを覚えています。

 大人になって二度、三度読み返すにつれ、高校生の頃とは違ったポイントで心が揺り動かされるようになりました。

 影と「僕」の別れのシーンの美しさだけではありません。

 「私」が老博士を自分の意志で許し、人生を受容しながら眠りにつくシーンの心の動きや、「僕」が女の子の心を取り戻す決心をしたシーンのあたたかさ。

 それらを繊細に描き出す村上春樹の筆致に心打たれるようになったのです。

 「ハードボイルド・ワンダーランド」から「世界の終り」という順番で読むことで、より物語全体を流れるメッセージの解像度が上がったような気がします。

まとめ:村上春樹の壮大なファンタジー小説を読みたい人におすすめ

 村上春樹の傑作の一つ、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。

 心のあり方を問うた壮大なファンタジー小説です。

 この『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という物語を通じて自分の心のあり方、生き方を見つめ直すことができるでしょう。

 村上春樹の不思議な世界に一歩足を踏み入れたい、という方におすすめです。

 描写がとても美しいので、ぜひ一度読んでみてください。

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